グローバルヘアーで植毛王に俺はなるっ 「1.植毛王への道」

人間って。
その立場立場にならないと、何でもそうなんだろうけど、なかなか理解って出来ないものですよね。

 

批判的、差別的なことでの話じゃなくて、生きてるうちって本当に、色々な悩みってあると思うんです。

 

仕事での挫折や人間関係。

恋愛での別れ。

大切な人との死別。
生まれつき障害を持って生まれた方。

生きてる段階で障害を持ってしまった方。

完治不可能な病気を患われた方。

余命宣告をされた方。

言ったらキリがないけど。。。

 

仕事で挫折しながらでも、生活のために仕事をし。恋愛で傷ついても、また人を好きになって前へ進む。大切な人と死別してもその人との想い出を大切に、その人の分まで生きていく。障害を持っていても、病気を患っても、それらと向き合い、上手く付き合いながら生きている。
人間って、とても素晴らしいことです。

 

中学のころ、恩師からとても素晴らしい詩を朗読頂いた事があります。
タイトルはよく覚えてないけど。。。
たしか「当たり前」ってそんな名前のタイトルだった記憶がある。

 

「当たり前に手があって」
「当たり前に足があって」
「当たり前に目がみえて」
「当たり前に耳が聞こえ」
「当たり前に両親が居て」
「当たり前って素晴らしいこと」


すべてがある自分ってとても幸せなこと。
でも、そんな当たり前を持ってて、贅沢な悩みって言われても仕方がないけど。薄毛って自分の価値観の中でもとても大きいものなんです。

薄毛にとらわれて、悩んでる自分ってすごく小さな人間だなぁって思うんだけど。。。
やっぱり、当たり前に髪の毛が生えてて、当たり前に生活したいって思ってしまう。。。

高校を卒業したある日、入浴中髪を洗っていると、大量の髪が手に絡みついたのを覚えている。その手に恐る恐る目を向けると、髪の毛がゴソッと抜けていた。。。
その日から22年も経過したが、その記憶がいまだ鮮明に残っていて頭から消えたことはない。。
あの日から薄毛の悩みが始まった。
なんとか髪型で誤魔化し続けたが、その行為は、まるで自分の人生そのものを誤魔化して生き続けているようなものだった。
薄毛をさらけ出し、他人の目を気にしないで生きていく選択もある思う。でもやっぱり人と同じく生きていきたいと思うのは自分の甘さなんだろうか。。。
普通に髪が欲しいし、いろいろな髪型を楽しんでみたい。
自分に自信をもって生きていきたい。人間って。。。いや自分って本当に欲深い生き物だとつくづく思う。

自分に自信をつけ、長年の悩みを少しでも減らすため、ネットで様々な方法を検索してみた。食生活の改善、禁煙禁酒、育毛剤、色々な方法がヒット。
でも。。。なんだか全ての記事が嘘っぽい。。。信憑性に欠ける。
さらに検索を試みると植毛なるものを発見。

「植毛?」
「毛を植えるのか?」


さらに植毛について調べてみると、どうやら自分の後頭部の毛を摂取し、薄いところに移植する方法と書いてあった。

 

「料金は?」
「どこで出来る?」
「切り取って植える?」
「傷は?」
「自分はどれ位毛が必要なんだっ」
「本当に生えるのか?」


様々な疑問が生じる。

そこで植毛を試みた、先人達のブログを片っ端から検索してみると、日本の大都市にほとんど施術できる病院があるらしい。

 

 

ただ。。。


「高いっ!」
「高いっ!」
「高すぎるっ!」
「薄毛 VS お金の問題!」
「うわっ」
「傷治るまで二週間っ」
「仕事とか休めないしっ」
。。。と思わず連呼。

 

。。。薄毛とはまた違う悩みにぶち当たる。

次回に続く